食・農活

パオロ事務局長の美食の旅~「有馬山椒」編~

人が山に入ることがなくなり、いつしか途絶えていた「有馬山椒」の伝統。これを復活させる取り組みが今、広がっている。有馬山椒ルネッサンスのイニシアチブをとる有馬温泉の旅館「御所坊」十五代目当主の金井啓修さんを尋ねた。

 


2016年6月、スローフードインターナショナルのパオロ・デ・クローチェ事務局長が、一般社団法人スローフード日本の設立を機に日本を訪れた。本連載では、パオロ氏による“足元の自然から立ちのぼる食文化”をめぐる美食の旅に密着。在来スパイス「有馬山椒」・和牛「但馬玄」・日本酒「灘の酒」の3回にわたり、歴史や風土、生産者の思いに育まれる食の物語をお届けする。


上記写真は、御所坊での晩餐のひとしな。「飾り立てる料理が流行った時代でも、素材を重視してきた。長い歴史の中で培った農家や漁協とのつながりが財産です」と金井さんは語る。

 

「有馬山椒」の伝統を
復活させたいという想い

有馬温泉では、かつて多くの旅館主が六甲山中に野生の山椒の木を持ち、採集した有馬山椒を使った料理で客をもてなしていた。木の在り処は、門外不出の秘密として当主から当主へと継承されていたという。人が山に入ることがなくなり、いつしか途絶えていた「有馬山椒」の伝統。

これを復活させる取り組みが今、広がっている。

有馬山椒ルネッサンスのイニシアチブをとるのは、有馬温泉の旅館「御所坊」十五代目当主の金井啓修さんだ。

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<有馬山椒の希少なストックを手にしたパオロ・デ・クローチェ スローフードインターナショナル事務局長(左)と陶泉 御所坊 第十五代当主 金井啓修さん(右)>

 

旅館は、室町時代に足利義満が逗留したことから御所坊と呼ばれるようになった1191年創業の老舗。素朴で野趣あふれる”山家料理”の伝統を守るため、主役となる地元の良質な食材を追い求める。

自前の水田や農地を持ち、上田畜産の但馬牛をいちはやく仕入れてきた。

「御所坊には代々受け継がれているレシピ帳があります。そこに書かれている有馬山椒を使った料理を再現したい、と考えたことが始まりです」。

金井さんは、「自分は有馬人」と言い切る生粋のローカル。有馬の歴史や文化全般に造詣が深く、有馬山椒についても文献などを独自に調査して土地の物語を紡ぐ語り部だ。

「先人たちは花見や山菜採りのような感覚で旬が訪れると山に入って山椒をとり、佃煮などの保存食にして楽しんでいたようです。

『有馬煮』や『有馬焼』といった山椒を使った献立が豊富で、1755年の入初式(いりぞめしき)の史料にも『有馬山椒』の文字があります。入初式とは、有馬の恩人である行基上人と仁西上人を迎え、正月2日に初湯に入ってもらう儀式。

有馬山椒は、お祝い料理に欠かせない存在だった、由緒ある食材なのです」。

 

地元を巻き込んだ
「有馬山椒」の復活劇

伝統の復活を期し、金井さんはまず、六甲山中に有馬山椒の木を探しに出かけた。

2009年3月のことだ。見つけ出した木の先端部分を採取し、兵庫県立農林水産技術総合センター北部農業技術センターにマザーツリーとして保全。

「同じ場所に朝倉山椒もありますが、明らかに香りが違います。調査してみると、レモンのような香り成分シトロネラールが強いことがわかりました」。

現在は地元の農家に苗木の育成を依頼し、増産に挑んでいる。

足掛け7年、2016年は10kgを収穫。

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<有馬山椒の苗木。山椒ならでは個性にレモンのような爽やかな香りが重なる。>

 

地元のクラフトビール工房「六甲ビール醸造所」と手を組み、有馬山椒エールを試作した。

「あれば使いたいという人は多いので、これから全量を買い取る組合をつくって、生産体制を強化していきたい」と金井さんは語る。

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<副原料に有馬山椒を使って醸造された「有馬山椒エール」(試作品)>

 

苗木の育成と担い手の開拓を請け負う農家藤本喜郎さんは、地域の農業の未来のために、有馬山椒栽培の普及に取り組んでいるという。

「米で稼げなくなり、若い人が農業で食べていけなくなっています。この状況をなんとかするには、付加価値の高い作物をつくらなければなりません。

その点、有馬山椒は、他の山椒との味や香りの違いに値打ちがあり、単価はふつうの山椒の2倍です」。藤本さんがハブとなって担い手を募り、これまでに苗木150本を配布済み。今後2年でさらに500本を配布する。

土地のもので客をもてなそう、と奮闘する大旦那の粋な心意気が、地元の農家や醸造所を巻き込んだムーブメントを巻き起こしている。

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<視察旅行では、神戸市経済観光局農政部・「食都構想2020」プロジェクト・御所坊・スローフードインターナショナルのメンバーが一堂に会した。>

 

神戸市もこれに応え、食都神戸2020の一環として同市が出展するテラ・マッドーレ&サローネ・デル・グスト(国際会議&展示会 主催はスローフード・インターナショナル)の出品品目に、有馬山椒を選んだ。

1300年途絶えることなく続く有馬温泉の長い歴史の中で、かつて珍重された在来種「有馬山椒」の復活劇は、着実に歩みを進めている。

 


スローフードインターナショナル
パオロ事務局長からの視点

生産者に生物多様性や在来種の大切さを伝え、地域全体で守る取り組みをサポートすることがスローフード活動の柱だ。

金井さんは、文化的背景を持つ有馬山椒の価値にいちはやく着眼し、生産者と消費者の間に立って両者をつなぎ、行政も巻き込む、大切な役割を担っている。

有馬山椒は、山田錦を生酛づくりでお酒にした「壱」や但馬牛とともに、Presidio(※)として世界に羽ばたける食材だ。

※Presidioとは、消滅の危機に瀕した食品を、生産者の組織づくりや販路拡大の麺からサポートする、スローフードインターナショナル唯一の商業的プロジェクト。


有馬温泉 陶泉 御所房
神戸市北区有馬町858
TEL:078-904-0551
公式サイト


text:Aya Asakura

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