地方・移住・旅

パオロ事務局長の美食の旅~日本酒「灘の酒」編~

神戸市は、酒米の王様「山田錦」の生産量が全国の80%、日本酒の生産量が全国1位の日本酒のメッカだ。六甲山が湛える天与の名水「宮水」に育まれた酒蔵を今に継承する「福寿」の蔵元、神戸酒心館で、酒づくりの真髄に触れた。

2016年6月、スローフードインターナショナル パオロ・デ・クローチェ事務局長が、一般社団法人日本スローフード協会の設立を機に日本を訪れた。本連載では、パオロ氏がめぐった ”足元の自然から立ちのぼる食文化” をめぐる美食の旅に密着。和牛「但馬玄」・日本酒「灘の酒」・在来スパイス「有馬山椒」の3回にわたり、歴史や風土、生産者の思いに育まれる食の物語をお届けする。


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<酒心館では、英語が堪能な方から酒造りの工程について説明を受けることができる。>

古くからの酒どころ

今も昔も、酒造りにはよい水の力が不可欠だ。米を育て、仕込みに使われる水。かつては、水車を回して米を磨き、醸造した酒を運び出す樽廻船を浮かべるのも水(海)だった。阪神間の海岸線に沿った地域は、この水に恵まれたことから、古くから「灘五郷」と称賛されてきた酒どころ。今現在も、今津・西宮・魚崎・御影・西の五郷に27の酒蔵が営みを続けている。

このうち御影郷にあたる神戸市灘区御影塚町に位置し、1751年の創業以来13代続く酒蔵「神戸酒心館」の久保田博信さんはこう語る。

「私たちが守りながら使っているのは、宮水と呼ばれる地下水です。この宮水の水源は六甲山から流れる3本の伏流水が交わる地点なんです。六甲山に降った雨は、花崗岩の地層を通ることで、酵母の栄養になるリンやカリウムを豊富に含んだ酒造りに最適な水になります。同時に、色やにおいの原因となる鉄分も含んでいるのですが、3本のうちの1本が酸素を多く含むため、合流地点で酸化鉄となって除去されるんです。大自然の妙技を感じずにはいられません」

多くの酒造所がある中で「なぜか西宮のお酒が特に美味しい」と評されていたことから調査し判明した。「天与の名水」と呼ばれる所以だ。

80年前に誕生した「山田錦」

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<久保田さん(左)から、日本酒の呼称と精米歩合の関係性について説明を受けるパオロ氏。>

一方、酒米の王と呼ばれる「山田錦」は、80年前に六甲山の北側で誕生したといわれる。背が高いため倒れやすい可能性があるものの、粘土質の土壌ならしっかりと根が張ることができる。神戸市北区はこの土壌に加え、日照時間が長い、降水量が少ない、昼夜の温度差が大きいといった気候条件も山田錦の栽培に適している。山田錦は粒が大きいことで知られ、そのため玄米の30%近くまで小さく磨き上げることができ、雑味の少ない洗練された味を追求できる。日本酒の最高峰「大吟醸」は、そうして生まれたのだ。

「テロワール」とは、ワインで知られる「生育地の地勢や気候による特徴」を指すフランス語だが、灘の酒は、灘五郷のテロワールが生み出していると言えるだろう。

神戸酒心館は、テロワールに育まれた地元の米にこだわり、原料の酒米は100%兵庫県内産だ。また、敷地内に「蔵の料亭 さかばやし」を備え、地元の米と水でつくった酒を、地元で堪能できる場を提供。食事のメニューには「明石蛸」などの地元の食材が並び、粕汁や粕漬けといった料理が振舞われるなど、郷土の食文化を広く今に伝えている。

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<訪れた日のメニュー。鰆の粕漬けのほか、地元食材の料理が味わえる。>

ランチでは日本酒の飲み比べセットが楽しめるが、中でも古代製法「生酛づくり」で発酵させた「壱」は、地元の選ばれた酒屋でしか買えない希少銘柄。

「ちゃんと説明できる人に売っていただきたいお酒です。酒母に乳酸を添加せず、酵母を厳しい条件下におくと、強くたくましく育つんです。そのため、アルコール度数は20度近くまで上がり、ワイルドでどっしりとした複雑な味に仕上がります」(久保田さん)。

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パオロ氏が最も推したのがこの「壱」。

「日本酒は大好きですが、イタリアでは本来の日本酒の美味しさを持つものはほとんど流通していません。これ(「壱」)を輸入販売したら、一人勝ちできそうです(笑)そうすれば、本物のお酒を教えることができますね」と喜び、舌鼓を打った。

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<酒粕でつくった自家製アイスクリームを冷やした発泡純米酒「あわ咲き」と。>

酒心館では今後、酒粕を動物の飼料に活用する計画もあるという。その理由を、久保田さんはこう話してくれた。

「酒づくりを続けるためには、地域を守らなければなりません。かつては丹波や但馬の寒村から農閑期を迎えた農家さんが蔵人や杜氏として集まり、技術と感性を兼ね備えた職人芸で酒をつくってくれていた。六甲山の急流で水車をまわすことができたからこそ精米技術が進み、美味しい酒をつくれるようになった。酒造りは、地域の人や営み、自然や農業とともにあるものなんです」(久保田さん)。

酒蔵は、経済・文化・福祉など多面的に地域を支えてきた存在だ。その魂が脈々と受け継がれる神戸酒心館を、ぜひ訪れてみてほしい。

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